歴代サッカー日本代表監督の任期と成績

こちらは話題のサッカー日本代表監督の就任期間と成績から紹介するブログ。歴代の監督たちの就任期間はどうでしょうか。どんな成績を残したのか。その監督代行を除くと、サッカー日本代表監督経験者は34人。

ヴァヒド・ハリルホジッチ(ボスニア)

ヴァヒド・ハリルホジッチ
在任期間:2015年3月~
通算成績:25戦17勝5分3負(2017年4月時点)
主な参加大会:2018ロシアワールドカップ最終予選優勝
記事:2018ロシアワールドカップアジア最終予選では、初戦、ホームグラウンドでUAEに破れる5勝1分1敗と首位をキープ!最終予選において、6大会連続W杯本大会出場を決めました。

ハビエル・アギーレ(メキシコ)

ハビエル・アギーレ

在任期間:2014-2015年
通算成績:10戦6勝3敗1分
主な参加大会:アジアカップ2015
記事:守備をベースにしたサッカー監督。責任を持って攻守に関われる選手を軸にチームを作る。かつて率いていたクラブチームの八百長問題で解任。約6カ月の就任期間は、歴代最短だ。

アルベルト・ザッケローニ(イタリア)

アルベルト・ザッケローニ

在任期間:2010-2014年
通算成績:53戦29勝13敗11分
主な参加大会:AFCアジアカップ2011、2014 FIFAワールドカップ・予選
記事:イタリアではACミランやインテルといった強豪チームを率いていた名将です。伝統の超守備陣形のカテナチオではなく、攻撃重視の3-4-3フォーメーションを好む監督としても知られる。2014年のブラジルワールドカップでは、大きく期待されるも3戦2敗1分で敗退。その後退任となる。

岡田武史(日本)

岡田武史

在任期間:2007-2010年
通算成績:17戦7勝6敗4分
主な参加大会:東アジアサッカー選手権2008、2010 FIFAワールドカップ・予選、東アジアサッカー選手権2010、AFCアジアカップ2011・予選、2010 FIFAワールドカップ
記事:人もボールも動くサッカー監督。できるだけボディコンタクトを避けた状態で攻撃を仕掛け、守備でも積極的にいく。2010W杯本大会前には選手の起用法や戦術に批判が噴出、サポーターから解任要求の署名1000人分が提出された。大会終了後に退任。

イビチャ・オシム(ボスニア・ヘルツェゴビナ)

イビチャ・オシム

在任期間:2006-2007年
通算成績:20戦13勝5敗2分
主な参加大会:AFCアジアカップ2007・予選、AFCアジアカップ2007
記事:日本人の敏捷性、積極性、個々の技術を活かしたサッカー監督。代表チームを日本化させることが、最初にやらなければならないこと。走るスピードと展開のスピードを身につける必要がある。独特の言葉や戦術論が話題となり、大きな期待が寄せられましたが、病気により2007年に退任しました。

ジーコ(ブラジル)

ジーコ

在任期間:2002-2006年
通算成績:71戦38勝18敗15分
主な参加大会:2004年アジアカップ優勝
記事:ゴールに向かっていくサッカー監督、楽しいサッカー、喜びの伝わるサッカーを展開したい。見事にワールドカップ予選を勝ち抜きましたが、本番の2006年ドイツワールドカップでは2敗1分で敗退。その後退任となりました。

フィリップ・トルシエ(フランス)

フィリップ・トルシエ

在任期間:1998-2002年
通算成績:54戦25勝12敗17分
主な参加大会:コパ・アメリカ1999、AFCアジアカップ2000、FIFAコンフェデレーションズカップ2001、2002 FIFAワールドカップ
記事:「フラット3」という戦術を取り入れるなど、巧みな戦術論を展開し、日本代表を鍛え上げ、自国開催となった2002年ワールドカップではベスト16入りを果たしました。ワールドカップ終了後に退任しました。

岡田武史(日本)

岡田武史

在任期間:1998年
通算成績:17戦7勝6敗4分
主な参加大会:1998 FIFAワールドカップ・予選、1998 FIFAワールドカップ
記事:1998FIFAワールドカップ・フランスアジア最終予選、代表監督に就任。W杯で日本代表初出場(ジョホールバルの歓喜)を果たした。しかし本大会では3戦全敗でグループリーグ敗退。大会終了後に退任。

加茂 周(日本)

加茂 周

在任期間:1994-1997年
通算成績:51戦27勝14敗10分
主な参加大会:キング・ファハド・カップ1995、AFCアジアカップ1996、1998 FIFAワールドカップ予選
記事:戦術の下で選手が意思統一されたモダンなサッカー監督。中盤でしっかりした組織を作り、そのなかに敵が入ったら積極的な守備で奪い、そこからスピードを上げて、オートマチックにボールをゴール前に運ぶ。そこからは選手のイマジネーションを活かす。1998W杯予選の成績不振で1997年10月のカザフスタン戦後、現地で解任される。

ロベルト・ファルカン(ブラジル)

ロベルト・ファルカン

在任期間:1994年
通算成績:9戦3勝2敗4分
主な参加大会:1994年アジア競技大会
記事:ブラジルの英雄。1994年の3月に就任しましたが、アジア大会でのノルマをクリアできず、短期間で解任された。

ハンス・オフト(オランダ)

ハンス・オフト

在任期間:1992-1993年
通算成績:38戦19勝9敗10分
主な参加大会:1992年AFCアジアカップ優勝、1992年ダイナスティカップ優勝
記事:日本が一番ワールドカップに近づいた監督がオフト氏でした。FIFAワールドカップアメリカ予選の最終戦、ロスタイムに追い付かれ引き分け。これが有名な「ドーハの悲劇」です。

横山謙三(日本)

在任期間:1988~1991年
記事:キリンカップ初優勝。大会では赤に八咫烏(やたがらす)をエンブレムとしたユニフォームを着用します。

石井義信(日本)

在任期間:1986~1987年
記事:日本最高のプレイヤーと言われた木村和司を外して当時に話題となった。

森孝慈(日本)

在任期間:1981~1985年
記事:1986FIFAワールドカップ・メキシコアジア最終予選、惜しくも1-2で負け、出場を逃す。

川淵三郎(1980~1981年)
渡辺正(1980年)
下村幸男(1979~1980年)
二宮寛(1976~1978年)
長沼健(1972~1976年)
岡野俊一郎(1970~1971年)
長沼健(1962~1969年)
高橋英辰(1960~1962年)
竹腰重丸(1958~1959年)
川本泰三(1958年)
高橋英辰(1957年)
竹腰重丸(1951~1956年)
二宮洋一(1951年)
工藤孝一(1942年)
竹腰重丸(1938~1940年)
鈴木重義(1936年)
竹腰重丸(1934年)
鈴木重義(1930年)
山田午郎(1925年)
西田満寿次郎(1923年)
佐々木等(1921年)

以上は歴代サッカー日本代表監督の就任期間と成績です。成績だけ見ると、ジーコ監督とザッケローニ監督はかなりいい成績を残していました。史上最短就任期間はアギーレ監督です。日本サッカー歴代監督の中で、一番すきな監督は誰ですか?

サッカー日本代表歴代監督は揚げた目標を達成できないとすぐに解任されました。これこそ、日本代表のファン、サポーターから注目されている証拠です。日本代表選手のため、日本のためにも各監督もしっかり功績を残していただけないと、解任という羽目になります。

サッカー日本代表は「絶対に負けられない戦いはそこにある」という決意なら、きっといい成績を取ることができます。皆さん、一緒に日本代表を応援しよう。

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