ヴァンフォーレ甲府

クラブインフォメーション

法人名:株式会社 ヴァンフォーレ 山梨スポーツクラブ
Jリーグ参加年:1999年
ホームタウン:山梨県甲府市、韮崎市を中心とする山梨県全県
ホームスタジアム:小瀬スポーツ公園陸上競技場
スタジアム収容人数:約1万7000人

チームの由来

『VENT(風)』『FORET(林)』というフランス語の組み合わせで『風のように疾く、ときには林のように静かに…..』で知られる戦国時代の武将、武田信玄の旗印『風林火山』に基づいている。

純粋なクラブチームだった甲府クラブを前身とするヴァンフォーレの歴史は、慢性的な財政難という厳しい状況で幕を開けた。成績も初年度からどん底状態が続き、95年からチームを率いていた塚田監督(99年はS級ライセンスを持っていなかったため記録上は勝俣監督)の下、99年、00年と、2年連続年間5勝という無残な記録でJ2最下位。1試合平均入場者数も1000人台と、スタンドも閑古鳥が鳴いていた。

そしてチーム存続の危機を背負って臨んだ01年、ヘイス新監督が結果を残させず3年連続最下位に終わったが、このとしに就任した海野社長野下、チーム存続のための財政ノルマを何とかクリアし、チームの歴史に終止符を打たずに済んだのだった。

すると02年に大木新監督が個の技術を重視したメンバー編成に切り替え、いきなり順位も7位に浮上。03年には大木監督が清水に去ったものの、小倉隆史の加入も好影響し、松永監督が5位まで引き上げている。そして大木監督が復帰した05年、見事3位となってレイソルとの入れ替え戦で大勝。ついに悲願のJ1昇格を果たすこととなった。初のJ1でも攻撃的スタイルで見事残留を果たし、観客動員も激増。クラブ経営の安定化にも成功している。

ヴァンフォーレ甲府-1999

シーズンレコード
成績:年間10位(J2)(36試合5勝4分27敗/32得点/85失点/得失点差-53)
監督:勝俣進
チーム得点王:堀井岳也、大柴克友

99年のJ2開幕から参入したヴァンフォーレの記念すべき初代モデル。サプライヤーは当時アントラーズも担当していたエネーレ。チームカラーの青をベースに製作された1st.は、あくまでヴァンフォーレ用にデザインされたオリジナルモデルで、ボタン付きのポロ襟タイプを採用。袖の下側とフロント両側の生地にはサブカラーとして白を配色し、全体としてオーソドックスなユニフォームになっている。また、青ベースのパンツとソックスのストライプも白を使っている。胸のスポンサーはないが、JFL時代にはなかったチームエンブレムが初めて付いた。

ヴァンフォーレ甲府-2000

シーズンレコード
成績:年間11位(J2)(40試合5勝3文32敗/31得点/84失点/得失点差-53)
監督:塚田雄二
チーム得点王:金 晃正(5得点)

この年は初代モデルを着用。このモデルの2nd.は、1st.の色反転バージョンとなっている。白x白x白というトータルコーディネートで、ポロ襟のラインをはじめ、袖やフロント両側に青が配色されている。なお、この年の途中から背中スポンサーに「index」のロゴが初めて入っている。当時のヴァンフォーレはJ2開幕から2年連続で勝ち点18(年間5勝)というダントツの最下位。1試合平均の入場者数も1000人台に低迷していた時代だ(99年の第25節はワーストの619人)。それだけに、この初代ユニフォームを持っているファンはレアな存在と言える。

ヴァンフォーレ甲府-2001

シーズンレコード
成績:年間12位(J2)(44試合8勝2分34敗/38得点/98失点/得失点差-60)
監督:ヘイス(ブラジル)
チーム得点王:太田圭補

チーム存続のための条件がクリアできるかが焦点となったこの年に、ヴァンフォーレの2代目ユニフォームが登場。サプライヤーは引き続きエネーレが担当。エネーレは当初このモデルもオリジナルデザインとする予定だったが、チーム側の意向もあり、結局プロバーモデルをヴァンフォーレ用に色替えしたものを採用した。全体を青で統一したコーディネートは初代を踏襲。その特徴としては、袖とパンツにデザインされたエネーレロゴがつらなるラインなどが挙げられる。なお、この年から胸スポンサーに「はくばく」が入り、背中の「index」も継続された。

ヴァンフォーレ甲府-2002

シーズンレコード
成績:年間7位(J2)(44試合16勝10分18敗/51得点/55失点/得失点差-4)
監督:大木 武
チーム得点王:影山由高、鶴美智美

2代目モデルをキャリーオーバー。ただし、背中スポンサーが新たに「PRINCESS TENKO」に変わった(袖スポンサーは前年から「山日YBSグループ」が加わっている)。このモデルの2nd.も1st.の色反転バージョン。全体を白ベースとしている点は継続されているが、袖とパンツのエネーレラインに赤で緑された青を配色し、それが引き立つデザインになっている。ちなみに、前年は設定されたノルマをクリアしたことで、無事チーム存続が決定。新たな船出となったこの年は、大木新監督の下、リーグ7位に急浮上するなど飛躍的な成長を遂げている。

ヴァンフォーレ甲府-2003

シーズンレコード
成績:年間5位(J2)(44試合19勝12分13敗/58得点/46失点/得失点差12)
監督:松永英機
チーム得点王:小倉隆史(10得点)

この年からサプライヤーがデレルバに変わり、新しくなった3代目ユニフォームが登場。最大の注目は初めてワインレッドが取り入れられた点。一瞬FC東京を思わせるKラーリングだが、地元にちなんだこの新しいカラーバターンは、時間の経過とともに浸透した。首周りはポロ襟タイプを踏襲し、ワインレッドは袖に配色。後ろ襟に「VENTFORET」の白文字が刻まれている点もポイントだ。パンツは腰周りだけをワインレッドにし、両側のパイピングにはグレーを使っている。なお、02年からパンツスポンサーの「武田消毒」のロゴが加わっている。

ヴァンフォーレ甲府-2004

シーズンレコード
成績:年間7位(J2)(44試合15勝13分16敗/51得点/46失点/得失点差5)
監督:松永英機
チーム得点王:バロン(14得点)

通算4代目モデルが登場。これまで継続されてきたポロ襟が無くなり、1st.が変形の丸首になっている。それに伴い後ろ襟のチーム名も消え、変わりにシャツのフロントにチームエンブレムがジャガードでデザインされた。また、パンツ両側のパイピング内がワインレッドに変わった他、ソックスも折り返しがワインレッド一色になった。一方の2nd.は引き続きポロ襟を採用しているが、袖のカラーバターンが変更され、フロントにエンブレムジャガードが入っている。なお、スポンサーは背中が「シャトレーゼ」に、袖が「泉郷」にそれぞれ変わっている。

ヴァンフォーレ甲府-2005

シーズンレコード
成績:年間3位(J2)(44試合19勝12分13敗/78得点/64失点/得失点差14)
監督:大木 武
チーム得点王:バレー(21得点)

この年は、レイソルとの入れ替え戦に勝利して悲願のJ1昇格を果たしたメモリアルイヤー。その年に着用されたのが、この5代目ユニフォームだ。首周りが完全な丸首になった点と、袖の切り替えが変わったためにワインレッドの配色も変化した点などが注目ポイントだ。また、フロントのエンブレムジャガードはなくなっている。2nd.は色反転で、白ベースに青い袖というバターンはデレルバ製になった3代目から継続。ただし、パンツの基調をネイビーに変え、初めて白xネイビーx白のパターンとした。なお、パンツスポンサーが「信玄食品」に変わった。

ヴァンフォーレ甲府-2006

シーズンレコード
成績:年間15位(34試合12勝6分16敗/42得点/64失点/得失点差-22)
監督:大木 武
チーム得点王:バレー(14得点)

初めてJ1の舞台に登場した年に着用されたのが、この6代目モデルだ。注目は、シャツの両脇に配色された白とワインレッドの菱形モザイク模様だ。これは、エンブレムにデザインされている模様を取り入れた格好だ(パンツの両側にも同じ模様が入った)。また、袖の配色が青に変わったのもポイント。一方の2nd.は色反転バージョンで、前モデルから配色したネイビーを各パーツに使っているのが特徴。なお、背中スポンサーが「NIPRO」、袖が「東京エレクトロン」、パンツが「pal system」に変わっている。胸の「はくばく」の書体が変わった点も見逃せない。

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